
私は小学校のころに「クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲」(以下「オトナ帝国」)を観た。
先週、にYouTubeでこの「オトナ帝国」の考察動画を観て「なつかしさ」を感じたため、大人になった今、感想を書きたいと思う。

「子どものころに戻りたい」
「社会人の人生が疲れてしまった」
「昭和のなつかしさを思い出したい」
私はメンタルケア心理士として社会人をカウンセリングし、「学生時代のほうが良かった」「社会人生活が辛い」という声を聴いた。
令和時代の時代に合わせて、社会人の人生観について考察を行う。
目次
オトナ帝国とはどのような映画?
オトナ帝国の映画のあらすじは、Wikipediaに載っている。以下、引用を行う。
物語前半:20世紀博に行く
20世紀の世界を再現した万博「20世紀博」を訪れる野原一家。大人達は子供の頃を懐かしみ、20世紀博を満喫する。しかし、毎日のように20世紀博の子供部屋に預けられていた子供達は不満を漏らしていた。20世紀博の影響は全国に広まり、街中では旧車が走り、古い電化製品やファッションが流行し始める。
引用元はこちら。
いきなり大阪万博の昭和感のある描写が続きます。

ある晩、20世紀博から「明日の朝、お迎えにあがります」という短いメッセージが放送される。それを見たひろしとみさえはまるで何かに取り憑かれたように、しんのすけとひまわりを放置して寝てしまう[注 3]。翌朝、大きな音楽を鳴らしながらオート三輪の列が現れ、一斉に大人達はそれに乗り込む。その中に意中の相手・大原ななこの姿を見つけ、必死に車を追いかけるしんのすけだったが、自身には目もくれずに去っていくななこにショックを受けて大人達を見失ってしまう。

この後は、ひろしやみさえが加わった「オトナ帝国」と、しんのすけら「カスカベ防衛隊」(子ども)が対決することになります。
物語中盤:やっぱり自分は「大人」
しんのすけ・ひまわり・シロは辛くも逃げ切り、「イエスタディ・ワンスモア」の作った「20世紀の匂い」によって大人達が幼児退行していたことを知る。再会したひろしに、しんのすけはひろしの靴を嗅がせる。ひろしの足の臭い。それは、少年時代の思い出、失恋、上京、就職、仕事の失敗、みさえとの出会い、しんのすけの誕生、念願のマイホーム…そんな彼の人生を思い出させる臭いだった。ひろしは今までの人生を思い出すとともに正気を取り戻し、みさえも同じ手で正気を取り戻す。
「父ちゃん、迎えに来たよ」としんのすけ。
ひろしは「オトナ帝国」側にいたが、しんのすけから渡された靴で「ひろしの足の臭い」を嗅ぐことで正気に戻る。オトナ帝国は大人をニオイでコントロールしていたためだ。
大人時代の辛さ(会社など)を思い出すひろし。そして、みさえとの結婚やしんのすけ誕生などの楽しさも同時に思い出す。
そして、泣きながらしんのすけを抱きかかえる大人のひろし。
これにより、ひろしはオトナ帝国から”離脱”。みさえも「ひろしの足の臭い」を嗅がされ(うわっ…)、正気に戻る。
ここから、野原一家とオトナ帝国との戦いが始まる。
物語終盤の勢力図を確認しよう。

考察:ひろしの視点からみた「オトナ帝国」と今日の人生観
ひろしの視点からみた「オトナ帝国」
私はこの「オトナ帝国」の映画を小学生の時に観た。当時は、小学生であったため、しんのすけの視点で鑑賞した。
しんのすけ視点だと物語は、大人たちを奪った「オトナ帝国」から大人を取り返すための戦い、という物語になる。
子ともだけでは電気が使えない、食事が手に入らないなど生活ができない。

ひろしは物語の最初、アクションヒーローのコスプレをし、子供時代を思い出した。そして、「オトナ帝国」の勧誘に乗り、子供として生活することを選んだ。
然し中盤になると、しんのすけやみさえなどの家族と過ごした思い出が蘇り、「オトナ帝国」と戦うことを決めた。
そして、ポイントはひろしは本当は子ども時代の生活を送り続けたいと本当は思っているということである。
野原一家が「オトナ帝国」から帰る途中、自分の靴の臭いを嗅ぎ、再度「オトナ帝国」に戻ろうとするのを必死で抑えていた。
映画「オトナ帝国」と今日の働き方
最終的に、ひろしはなんとか元の生活に戻る。「オトナ帝国」で昔の生活を送るのを止め、大人として生活することを選んだ。
確かに家族のために会社で働くという選択肢を取ったことは現実的に妥当と考える。
しかし、現実世界に戻れば、また厳しい社会人生活が待っている。結局のところ「社会人が辛い」という事実は変わっていないのである。
私は心理カウンセラーとして、社会人が無理をし過ぎるのは良くないと考えている。
必死に仕事を頑張り、そして精神を病んでしまったら意味がない。大事な家族を養うことすらできなくなってしまう。

私はこの状況がイヤでフリーランスとして生きていくことを決めた。
幸いにも、令和時代は様々な働き方がある。フリーランスやリモートワーク、起業など様々である。
そのお陰で、「オトナ帝国」(子ども時代)と「社会人生活」を両立させることも可能である。
例えば、仕事はフリーランスで自宅から行い、休みの日にはYouTubeのショート動画や切り抜き動画で昔懐かしの映像を観る、職場は東京だがリモートワークのお陰で家は地元にするなど、柔軟な生活様式が実現できる。

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